2020年08月
陶淵明 帰園田居 (園田の居に帰る)
陶淵明は41歳の時、役人生活を辞めて、故郷に引っ込みます。このとき作ったのが有名な「帰去来辞」です。この「帰園田居」は次の年の夏に作られたものでしょう。田舎生活の楽しみを詠っています。
全五首ですが、今月は二首を紹介して来月残りの三首を紹介いたします。
私は古詩は長いので読むのを苦手としていたのですが、じっくり読んでみるといいですね。詩人の思想がよく表現されています。古来、詩人の評価は古詩によるところが大きいと思います。
其一
少無適俗韻 少(わか)きより俗に適(かな)うの韻(しらべ)無く
性本愛丘山 性 本と丘山を愛す
誤落塵網中 誤ちて塵網の中に落ち
一去十三年 一たび去って十三年
羈鳥恋旧林 羈鳥 旧林を恋い
池魚思故淵 池魚 故淵を思う
開荒南野際 荒を南野の際に開かんと
守拙帰園田 拙を守って園田に帰る
方宅十余畝 方宅 十余畝
草屋八九間 草屋 八九間
楡柳蔭後簷 楡柳 後簷を蔭(おお)い
桃李羅堂前 桃李 堂前に羅(つら)なる
曖曖遠人村 曖曖たり 遠人の村
依依墟里煙 依依たり 墟里の煙
狗吠深巷中 狗は吠ゆ 深巷の中
鶏鳴桑樹巓 鶏は鳴く 桑樹の巓
戸庭無塵雑 戸庭 塵雑無く
虚室有余閑 虚室 余閑有り
久在燓籠裏 久しく燓籠(はんろう)の裏に在りしも
復得返自然 復た自然に返るを得たり
若い頃から俗世間と調子を合わせることができず、生まれつき自然を愛する気持ちが強かった。
ところが、誤って塵にまみれた世俗の網の中に落ち込んで、あっという間に十三年という月日が過ぎ去った。
籠の鳥がもとの林を恋しがり、池の魚が昔の淵を慕うように、私の心も故郷に帰りたいと思っていた。
村の南の荒れ地を開墾しようと、世渡り下手な性格を守って故郷へ帰った来た。
宅地は十畝あまり、草葺きの家は八、九室だ。
楡や柳が裏の軒を掩い、桃や李が家の前に並んでいる。
遠くにかすんでいる村里には、ゆらゆらと炊事の煙が立ち上っている。
奥まった路地裏では犬が吠え、桑の木のてっぺんでは鶏が鳴いている。
我が家の門や庭には俗人の出入りはなく、ガランとした部屋は充分に余裕がある。
長い間、籠の鳥の生活を続けてきたが、やっと本来の自然の姿に立ち戻ることができた。
其二
野外罕人事 野外 人事罕(まれ)に
窮巷寡輪鞅 窮巷 輪鞅寡なし
白日掩荊扉 白日 荊扉を掩(とざ)し
虚室絶塵想 虚室 塵想を絶つ
時復墟曲中 時に復た墟曲の中
披草共来往 草を披きて共に来往す
相見無雑言 相見て雑言無く
但道桑麻長 但道(い)う 桑麻長(の)びたりと)
桑麻日已長 桑麻 日に已に長び
我土日已広 我が土 日に已に広し
常恐霜霰至 常に恐る 霜と霰の至りて
零落同草莽 零落して 草莽に同じからんことを
田舎暮らしは人づきあいも稀で、路地の奥の我が家には喧しい音を立ててやってくる馬車も少ない。
真っ昼間から柴の戸を閉ざして、人気のない部屋で雑念を絶つ。
時にはまた村の中に出て、草を押し分けて村人と行き来する。
顔を合わせても無駄話はせず、ただ桑や麻の成長を話すだけだ。
桑や麻は日々に成長し、開墾も日々に進んでゆく。
しかしいつも恐れているのは霜やアラレが降ってきて、作物がしおれてもとの草地にもどってしまうことだ。
参考図書
陶淵明全集 松枝茂夫・和田武司訳注 岩波文庫