2020年09月
陶淵明 帰園田居 (園田の居に帰る)
其三
植豆南山下 豆を植う 南山の下
草盛豆苗稀 草盛んにして 豆苗稀なり
晨興理荒穢 晨(あした)に興(お)きて 荒穢(こうわい)を理(おさ)め
帯月荷鋤帰 月を帯びて 鋤を荷いて帰る
道狭草木長 道狭くして 草木長く
夕露沾我衣 夕露 我が衣を沾(ぬ)らす
衣沾不足惜 衣の沾るるは惜むに足らず
但使願無違 但だ願いをして違うこと無からんことを
南山の下に豆を植えたが、雑草がはびこり豆の苗はほとんど見えない。
朝早く起きて草を抜き、月明かりの下に鋤を担いで帰る。
道は狭く草木が生い茂り、夜露で着物がぐっしょりと濡れる。
着物が濡れるぐらいは惜しいと思わないが、私の願いが裏切られず、豆が無事に育ってくれますように。
其四
久去山沢游 久しく山沢の游を去りしも
浪莽林野娯 浪莽(ろうもう)たり 林野の娯しみ
試携子姪輩 試みに子姪(してつ)の輩を携え
披榛歩荒墟 榛(しん)を披いて 荒墟を歩む
徘徊丘壠間 徘徊す 丘壠(きゅうろう)の間
依依昔人居 依依たり 昔人の居
井竈有遺処 井竈(せいそう) 遺れる処有り
桑竹残朽株 桑竹 朽株残る
借問採薪者 借問す 薪を採る者に
此人皆焉如 此の人 皆焉(いず)くにか如(ゆ)くと
薪者向我言 薪者 我に向いて言う
死没無復余 死没して復た余(あま)す無しと
一世異朝市 一世 朝市を異にす
此語真不虚 此の語 真に虚ならず
人生似幻化 人生 幻化に似たり
終当帰空無 終に当に空無に帰すべし
長い間山や沢での遊びから遠ざかっていたが、今は気儘にノンビリと山林田野を歩き回って楽しんでいる。
思い立って子や甥たちをつれて、雑草をかき分けて荒れ果てた村里に足を踏み入れた。
墓地の間をさまよっていると、昔の住居跡がちゃんと残っていた。
井戸やかまどの跡があり、桑や竹の朽ちた株も残っていた。
薪を採る人に尋ねてみた。ここに住んでいた人たちはみんな何処へ行ったのですか。
その木こりが私に言うのには、みんな死んでしまって誰も残っていませんよと
一世(三十年)も経つと王朝も盛り場も変わってしまうというが、この言葉は本当だ。
人生は幻にも似て、遂には無に帰するのであろうか。
其五
悵恨独策還 悵恨して 独り策(つえ)つきて還り
崎嶇歴榛曲 崎嶇として 榛曲を歴(へ)たり
山澗清且浅 山澗 清く且つ浅く
可以濯吾足 以って吾が足を濯(あら)う可し
漉我新熟酒 我が新熟の酒を漉(こ)し
隻鶏招近局 隻鶏もて 近局を招く
日入室中闇 日入りて 室中闇(くら)く
荊薪代明燭 荊薪もて 明燭に代う
歓来苦夕短 歓び来りて 夕の短きを苦しみ
已復至天旭 已に復た天旭に至る
心が沈んだまま独り杖をついて帰途につき、起伏の多い灌木の生い茂る道を通って行く。谷川の水は清らかで浅く、そこで足を洗って気分を新たにする。
我が家の新たに熟した酒を漉して、鶏を一羽つぶして近所の人たちを招く。
日が入ると室内は暗く、薪を燃やして灯火の代わりとする。
話が弾んで喜びがわき起こって夜の短いのが恨めしい。おや、もう夜明けだ。
参考図書
陶淵明全集(上) 松枝茂夫・和田武司訳注 岩波文庫