2020年12月

徐渭

 明代(1521-1593)、浙江省紹興の人。異常な天才で、詩文書画すべてに巧みであった。倭寇討伐に功のあった胡宗憲の幕客となり重用されたが、宗憲の失脚後、禍の及ぶのを恐れ発狂して妻を殺し、自殺しようとしたが果たず、長い入獄ののち荒廃した生涯を送った。

陰風吹火篇、呈銭刑部君
 (陰風吹火篇、呈銭刑部君)

この詩は嘉靖35年(1556)、刑部銭梗が銭塘江の西陵渡口で倭寇と戦って死んだ将兵の慰霊祭を行ったとき、作者が贈った詩である。李賀に倣った詩風は徐渭の得意とするところであるが、詩情においては李賀に劣るような気がする。

陰風吹火火欲燃  陰風 火を吹いて 火燃えんと欲し
老梟夜嘯白昼眠  老梟(ろうきょう) 夜嘯きて白昼に眠る
山頭月出狐狸去  山頭 月出でて 狐狸去り
竹径帰来天未曙  竹径 帰来すれど 天未だ曙(あ)けず
黒松密処秋螢雨  黒松 密なる処 秋螢の雨
煙裏聞声弁郷語  煙裏 声を聞けば 郷語を弁ず  
有身無首知是誰  身有りて首無し 知んぬ 是誰ぞ
寒風莫射刀傷処  寒風 射る莫れ 刀傷の処
関門懸纛稀行旅  関門 纛(とう)を懸けて 行旅稀れに
半是生人半是鬼  半ば是れ生人 半ば是れ鬼
猶道能言似昨時  猶道(い)い能く言うは 昨時に似
白日牽人説兵事  白日 人を牽きて 兵事を説く
高旙影臥西陵渡  高旙 影は臥す 西陵渡
召鬼不至毘盧怒  鬼を召くも至らず 毘盧(びる)怒る
大江流水枉隔儂  大江の流水 枉(ま)げて儂(われ)を隔て
憑将呪力攀濃霧  呪力に憑将(ひょうしょう)して 濃霧に攀(すが)る
中流灯火密如螢  中流の灯火 密なること螢の如く
飢魂未食陰風鳴  飢魂 未だ食わず 陰風鳴る
髑髏避月攫残黍  髑髏 月を避けて 残黍(ざんしょ)を攫(かく)し
幡底颯然人髪堅  幡底 颯然 人髪堅し
誰言堕地永為厲  誰か言う 地に堕ちて 永く厲(れい)と為ると
宰官功徳不可議  宰官の功徳 議す可からず


陰惨な風が火を吹いて、火は燃えようとし、老いたフクロウは夜に鳴き声をあげ、昼には眠る。
山上に月が出ると狐や狸は出て行き、竹の生えた小径を帰ってくる頃にはまだ夜は明けていない。
黒松が密生している辺りでは秋の螢のような鬼火が雨のように飛び、靄の中の声を聞けば国なまりの言葉だ。
体だけで首を切られていては誰とも判らない。寒風よ、この死体の刀の傷跡に吹き付けるな。
関所の門には軍旗が掛かっているが行く人は稀で、それも半ばは人間だが半ばは亡霊だ。
亡霊がしゃべることが出来るのは生きているときと変わらず、白昼人を引きつけて戦の話をする。
掲げられた弔旗の影は西陵渡に横たわり、死霊を招いても現れないので仏は怒っている。
大江の流水がわざと私(死霊)の邪魔をするのだ。呪力で濃霧にすがろうとしているのだが。
流れの中の供養の灯はギッシリと螢のようだが、飢えた魂は食にありつけず陰惨な風が鳴り渡るのみ。
髑髏は月明かりを避けて供え残りのキビをつかみ、弔旗がはためくと祭壇の人々の髪の毛は恐ろしさで逆立つ。
誰が言うのだ、地獄に落ちて永久に亡者となるなどと。観音菩薩の功徳は言うまでもないことだ。


題葡萄図 (葡萄の図に題す)
 自ら画いた葡萄の画に付けた自讃。

半生落魄已成翁  半生 落魄して 已に翁と成り
独立書斎嘯晩風  独り書斎に立ちて 晩風に嘯(うそぶ)く
筆底明珠無処売  筆底の明珠 売るに処無く
閑抛閑擲野藤中  閑に抛(ほう)し 閑に擲(てき)さん  野藤の中


わが半生は落ちぶれたまま、すでに老人になり、ひとり書斎のまえに立ち夕風になかで詩を吟じる
わたしの描く葡萄の実はどこに行っても売れないから、所在なく野藤のなかに投げ棄てよう。
抛:高く投げる 擲:遠くに投げる

参考図書
 中国の名詩観賞 9 元・明詩 福本雅一編 明治書院
 中国文学歳時記 冬 黒川洋一他編 同朋社 今月のネタに思いあぐんで、中国文学歳時記から二首選びました。