菅原道真 寒早十首
今月は十首のうち終わりの五首を紹介します。
何人寒気早 何れの人にか 寒気早き
寒早駅亭人 寒は早し 駅亭の人
数日忘飧口 数日 飧(そん)を忘るる口
終年送客身 終年 客を送る身
衣単風発病 衣は単(ひとえ)にして 風は病を発す
業廃暗添貧 業(なりわい)は廃すれば 暗(むな)しく貧を添う
馬痩行程渋 馬は痩せて 行程渋れば
鞭笞自受頻 鞭笞 自ら受くること頻なり
冬になってどんな人に寒さの厳しさが早く感じられるだろうか。それは駅亭に働く人だ。
何日も汁かけ飯さえ食べる暇もなく、年がら年中旅客を送る身だ。
冬でも薄い単衣で寒さで病気になりやすく、といって仕事を辞めれば貧乏に追っかけられる。
馬が痩せて運送が遅れれば、駅長から鞭をうたれることがしばしばだ。
何人寒気早 何れの人にか 寒気早き
寒早賃船人 寒は早し 賃船の人に
不計農商業 農商の業を計らず
長為僦直身 長えに直(あたい)に僦(やと)わるる身と為る
立錐無地勢 錐(きり)を立つるの地勢も無し
行棹在天貧 棹を行(や)ること 天 貧なるに在り
不屑風波険 風波の険なるを屑(もののかず)にせず
唯要受雇頻 唯だ 要(もと)む 雇(やとい)を受くることの頻なるを
冬になってどんな人に寒さの厳しさが早く感じられるだろうか。それは船に雇われている人だ。
農業や商業をたつきとすることができず、何時までも雇われ人の身分だ。
錐を立てるほどの土地も持っていないので、棹を操って生まれながら貧しい生活なのだ。
波風が激しいことなど気にも掛けないが、雇いの仕事が多くあるかが気になるのだ。
何人寒気早 何れの人にか 寒気早き
寒早釣魚人 寒は早し 魚を釣る人に
陸地無生産 陸地に 産を生むすべ無く
孤舟独老身 孤舟に 独り 身を老う
褭絲常恐絶 糸を褭(たわ)めて 常に絶えんことを恐れ
投餌不支貧 餌を投ぐれども 貧を支えず
売欲充租税 売りて租税に充てむと欲して
風天用意頻 風天に意を用うること頻なり
冬になってどんな人に寒さの厳しさが早く感じられるだろうか。それは漁師だ。
陸上には田畑などの生活の手段はなく、小舟で老いの身を送るのだ。
糸をたわめていつも切れないかと心配し、餌を投げ入れて魚を釣っても貧しい暮らしを支えかねる。
魚を売って租税に充てようと思うが、風向きや天候がいつも気にかかるのだ。
何人寒気早 何れの人にか 寒気早き
寒早売塩人 寒は早し 塩を売る人に
煮海雖随手 海を煮ること 手に随うと雖も
衝烟不顧身 烟を衝きて身を顧みず
旱天平價賤 旱天には 平價賤(やす)し
風土未商貧 風土は 未だ商を貧ならしめざるも
欲訴豪民攉 豪民の攉(し)むるを訴えんと欲して
津頭謁吏頻 津頭に吏に謁すること頻なり
冬になってどんな人に寒さの厳しさが早く感じられるだろうか。それは塩商人だ。
海水を汲んで煮る仕事は手慣れているが、煙にむせながら我が身を心配することも出来ない。
ひでりが続くと生産が上がるけれども塩の値段が下がるのだ。讃岐の地は塩の商売に向いているのだが。
豪商が独占するのを訴えようと、港でお役人に頻りに訴えるのだが。
何人寒気早 何何れの人にか 寒気早き
寒早採樵人 寒は早し 採樵の人に
未得閑居計 未だ閑居の計を得ずして
常為重担身 常に重く担う身たり
雲巌行処険 雲巌 行く処険しく
甕牖入時貧 甕牖(おうゆう) 入る時貧なり
賤売家難給 賤(やす)く売れば 家給し難く
妻孥餓病頻 妻孥 餓えと病 頻なり
冬になってどんな人に寒さの厳しさが早く感じられるだろうか。それは樵だ。
何時になったらノンビリとした生活が出来るのやら。いつも重い材木を担ぐ身の上だ。
雲がかかる岩山の険しい道を行き、甕の割れた口で窓を作った貧しい家に帰ってくる。
木や柴を安く買いたたかれては家計が立たず、妻や子がいつも餓えや病で苦しむのだ。
参考図書
菅家文草・菅家後集 日本古典文学大系72 川口久雄校注 岩波書店