2022年02月

森春濤
 森春濤(1819-1889)は幕末から明治にかけての詩人で、とくに明治前期においては詩壇の中心となった人物です。詩風は温雅、艶麗で我々が明治時代の詩として知っている勇壮なものとは異なっています。
 近年、江戸時代の文芸として漢詩が注目されてきているように思いますが、明治時代も文芸の中心はやはり漢詩文でした。日本漢詩の最高潮は明治時代だと云う人もいるようです。また、正岡子規も当時の詩のレベルとしては、漢詩、俳句、和歌の順だと言っているようです。現在、明治の漢詩はあまり注目されていないようですが少し勉強しなくてはいけないかなと思っています。


岐阜竹枝     岐阜竹枝
環郭皆山紫翠堆  郭を環るは皆山にして 紫翠堆く
夕陽人倚好楼台  夕陽 人は倚る 好楼台
香魚欲上桃花落  香魚 上らんと欲して 桃花落ち
三十六湾春水来  三十六湾 春水来る


町をめぐって周りは全て山で、紫や翠の色合いがうずたかく満ちているなか、夕陽に照らされた美しい楼台に人が寄り掛かっている。
折から香魚(鮎)が長良川を遡り、桃の花がひらひらと川面に散りかかり、数多くの川の入り江に春の水が満ちてきている。

春濤第一の名作と言われる詩で、岐阜の春の情景が艶を帯びて遺憾なく表現されている。



風雨踰函嶺    風雨に函嶺を踰ゆ
長槍大馬乱雲間  長槍 大馬 乱雲の間
知是何侯述職還  知んぬ是れ 何れの侯か 述職して還る
淪落書生無気焔  淪落の書生 気焔無く
雨衫風笠度函関  雨衫 風笠 函関を度る


長い槍や大きな馬の行列が乱れ飛ぶ雲の中を通り過ぎる。どこかの大名が参勤交代で国元へ帰ってゆくのだろう。(述職:古代中国で諸侯が天子に拝謁して、仕事ぶりを述べること)
それに引き換え、落ちぶれた書生の私は意気消沈として雨合羽を身につけ、笠は風に吹かれて箱根の関を越えて江戸へと向かうのだ。



秋晩出游   秋晩出游
三四五里路  三四五里の路
六七八家村  六七八家の村
西有秋水澗  西に秋水の澗(たに)有り
東有夕陽山  東に夕陽の山有り
来自黄葉裏  黄葉の裏(うち)自り来り
身立白雲間  身は白雲の間に立つ
去自白雲裏  白雲の裏自り去り
路出黄葉前  路は黄葉の前に出づ
捕魚誰家子  魚を捕るは誰が家の子ぞ
黄葉紛満船  黄葉 紛として船に満つ
負薪何処叟  薪を負うは何れの処の叟(おきな)ぞ
白雲随在肩  白雲 随いて肩に在り
相視忽相失  相視て忽ち相失う
古林生夕烟  古林 夕烟生ず

平易な言葉を用いて、自在に幽玄の境を表現しています。こんな詩が作れたら言うことなしですが。

参考図書
 江戸漢詩選 下 揖斐高 編訳 岩波文庫
 日本漢詩 下 猪口篤志著 新釈漢文大系 明治書院春