2022年04月

杜甫の春

 
杜甫の春の詩を三首ほど選んでみました。

憶幼子    幼子を憶う

驥子春猶隔  驥子(きし) 春猶隔たる
鶯歌暖正繁  鶯歌 暖かくして正に繁し
別離驚節換  別離 節の換わるに驚き
聡慧与誰論  聡慧 誰と与にか論ぜん
澗水空山道  澗水 空山の道
柴門老樹村  柴門 老樹の村
憶渠愁只睡  渠(かれ)を憶いて 愁いて只睡り
炙背俯晴軒  炙背(しゃはい)して 晴軒に俯す


二番目の子供、驥子とは春になっても離れたまま、暖かくなるにつれ、鶯が声繁く歌っている。
驥子と別れてからこんなに速く季節が変わったかと驚き、賢くなってきただろうがそれをともに語るものもいない。
田舎の谷の水や人のいない山道。また老木の茂る村の柴の門。
我が子を思って心配しながらひたすら眠り、晴れた日の軒端で日向ぼこしながら横になる。

杜甫、46歳。長安で安禄山軍に捉えられていたとき、家族は田舎に避難していた。

客至

舎南舎北皆春水  舎南 舎北 皆春水
但見群鷗日日来  但だ見る 群鷗の日々に来るを
花径不曽縁客掃  花径 曽つて客に縁りて掃かず
蓬門今始為君開  蓬門 今始めて君が為に開く
盤飧市遠無兼味  盤飧(ばんそん) 市遠くして 兼味無く
樽酒家貧只旧醅  樽酒 家貧にして 只だ旧醅
肯与隣翁相対飲  肯えて 隣翁と相対して飲まんや
隔籬呼取尽余杯  籬を隔てて呼び取りて 余杯を尽さん


家の南も北も春の水にあふれ、日日水鳥の群れがやってくるのを眺めている。
花咲く小径は客がないので掃き清めることもなかったのだが、今日初めて君がやってくるので蓬の粗末な門も開いた。
盤に盛るご馳走といっても市場が遠いので何品もなく、貧しいので酒も古い樽酒だ。
折角だから隣の爺さんとも一緒に飲みましょう、垣根越しに呼んで樽を空にしてしまいましょう。

50歳頃、成都「浣花草堂」での作。


燕子来舟中作   燕子舟中に来たる作

湖南為客動経春  湖南に客と為りて 動(やや)もすれば春を経(へ)
燕子銜泥両度新  燕子 泥を銜みて 両度新たなり
旧入故園嘗識主  旧(も)と 故園に入りて 嘗て主を識る
如今社日遠看人  如今 社日 遠く人を看る
可憐処処巣居室  憐れむべし 処処 居室に巣くう
何異飄飄託此身  何ぞ異ならん 飄飄 此の身を託するに
暫語船檣還起去  暫く船檣(せんしょう)に語りて 還た起ち去る
穿花貼水益霑巾  花を穿ち 水に貼(ちょう)して益々巾を霑(うるお)す  


湖南で逗留して心ならずもまた春を迎え、ツバメが泥を銜えて巣を作るのも二度目となった。
このツバメは故郷の庭で主人の私を知っているのだが、今日、春祭りの日にこの遠くまでまでやってきて私に会っている。
このツバメが処処、この船に巣を作るのを哀れに思う。ちょうど私が飄飄とこの船にこの身を託しているのと同じことだ。
しばらく帆柱でしゃべって、また立ち去って行く。花の中に飛び込んだり、水に貼り付いたりしているのを見ると私はますます涙が止まらないのだ。

杜甫、73歳。この年の冬、亡くなる。

参考図書
 杜詩 鈴木虎雄、黒川洋一訳注 岩波書店