2022年08月

蜻蜓
 
都会ではトンボを見かけることも少なくなりましたが、夏の風物として中国でもよく詠われています。

杜甫  卜居(居を卜す)

 
杜甫が成都で浣花渓に居を定めた時の詩。

浣花渓水水西頭  浣花渓水 水の西頭
主人爲卜林塘幽  主人 為に卜す 林塘の幽なるを
已知出郭少塵事  已に知る 郭を出づれば 塵事少なきを
更有澄江銷客愁  更に有り 澄江の客愁を銷するあり
無數蜻蜓齊上下  無数の蜻蜓 斉しく上下し 
一雙鸂鶒對沈浮  一双の鸂鶒(けいせき) 対して沈浮す
東行萬里堪乘興  東行 万里 興に乘ずるに堪たり 
須向山陰上小舟  須らく山陰に向かって 小舟に上るべし

浣花渓の水の流れるその西の畔、私は林のある堤の幽邃な場所に住居を定めた。
そこは街から離れていて俗事が少ないことは分かっていて、その上きれいにすんだ川が流浪の身の愁いを消してくれる。
無数のトンボがそろって上り下りしており、つがいのおしどりは向かい合って浮き沈みしている。
興に乗ずれば東の方へ万里でも行くに差し支えはなく、小舟に乗って山陰地方まで行ってみたいものだ。
(晋の王献之の故事:王が山陰に住んでいた時、友人のことを思い出して小舟に乗って出かけたが、門前まで行って引き返してきた。人がその訳を訊ねたところ、「自分はふと興に乗じて出かけたが、興が尽きたので帰ってきた」と答えた。)

梅堯臣  雑詩絶句十七首 其十三

度水紅蜻蜓  水を度る 紅蜻蜓
傍人飛欵欵  人に傍うて 飛ぶこと欵欵(かんかん)たり
但知隨船輕  但だ船の軽きに随うを知って 
不知船去遠  船の去って遠きを知らず


水面を渡ってきた赤トンボ。船に乗った人の傍をゆっくりと飛んでいる。
軽やかに進む船に従って付いてきているが、船がずいぶん遠くまで来てしまったことに気づいていないようだ。

釋道潜  臨平道中

 宋代の詩僧。蘇軾と親交があった。

風蒲獵獵弄輕柔  風蒲 猟 軽柔を弄し
欲立蜻蜓不自由  立たんと欲する蜻蜓は自由ならず
五月臨平山下路  五月 臨平山下の路
藕花無數滿汀洲  藕花 無数 汀洲に満つ

風に吹かれたガマはサラサラと軽く柔らかな葉をそよがせている。その葉に止まろうとしているトンボはなかなか思うようには行かない。
真夏、旧暦五月の臨平山のふもとの道には、水際から中州にかけて蓮の花が無数に咲いている。

参考図書
 杜詩 第四冊 鈴木虎雄・黒川洋一訳注 岩波文庫
 中国文学歳時記 夏 黒川洋一他編 同朋社楊梅