大峰奥駈 (2009.04

山上が岳付近

山上が岳南方の女人結界

八経ヶ岳から南方稜線を望む

楊子が宿付近の霧氷

大きなエビのシッポ

仏生ヶ岳・樹間の日の出

顔を出した釈迦ヶ岳

晴天に輝く霧氷

釈迦が岳頂上直下

霧氷を付けたお釈迦様

南奥駈道・バイケイソウ

南奥駈道を行く

ムシカリの花

ミツバツツジ?

笠捨山

笠捨山直下の新緑

地蔵岳付近の新緑

玉置山落日

石楠花

熊野川と七越峰

 大峰には何度も入山して、奥駈コースも細切れながらほとんど繋がっていて、あと玉置山から熊野本宮までの一日分が残っているだけである。わざわざここだけを歩くために出かけるのもどうかと思い、長年放って置いた。どうせなら、元気な内に通しで駈けようかと連休前に出かける決心をした。この時期ならまだ大峰山の戸開き前で閑静だろう。

 週間天気予報を見ると、4/25(土)は雨だが、それ以降は良さそうだ。4,5泊かかる長丁場なので、出来るだけ軽装でと、ツェルト、シュラフカバーでの縦走とする。もう暖かくなっていることだし、ほとんどが小屋泊まりだからこれで大丈夫だろう。食料は勿論オール乾燥食品である。

 

/26(日)

 朝8時、近鉄吉野駅に下り立つ。昨日の雨は止んでいるが、天気は曇、気温は大分低い。蔵王堂まで上がると、尾根筋は強風が吹いている。昨日の寒冷前線の影響がまだ残っている。通りにもう開いている食堂がある。親子丼で体を温めて出発する。

 金峰神社辺りまでは、この寒空なのにちらほら観光客が歩いている。少し過ぎると、昔の女人禁制の石碑が立っている。尾根伝いには舗装された林道が並行して走っており、昔の幽邃さはない。

 12時半、四寸岩山頂上。風が冷たい。少し雪も舞っている。四寸岩山を下ると、百丁茶屋跡である。今は二蔵小屋が建っている。10分ほど下れば水場もあるらしい。ここから五番関までは大天井岳は踏まず長い捲き道を辿る。山襞を丁寧にたどるのであまり時間の節約になった気はしない。

 2時半、五番関。アラレ混じりの強風。雨具を着ける。遭難者捜索の張り紙。山上ヶ岳のどこで迷うのかな? ちょっと想像がつかない。

 5時半、山上ヶ岳。雪と霧氷で真っ白な世界である。無人の巨大な宿坊群がちょっと不気味な雰囲気である。大峰山寺も勿論鍵がかかっている。戸の隙間から賽銭を入れて、先を急ぐ。

 6時半、やっと小笹の宿に到着。やはり歩行速度は大分遅くなっている。水場が避難小屋のすぐ傍なのが有難い。夕食後、シュラフカバーに小屋にあった毛布を巻き付けて眠る。寒い。外は強風が吹き荒れている。

 

/27(月)

 3時、起床。横に置いていた水筒の水が凍っている。

 5時、出発。今日も霧が深い。辺りは完全な冬景色であるが、幸い雪は深いところでも10センチほどで歩くのに支障はない。ところどころに本来なら満開であろうマンサクの花がすっかり氷に閉じこめられている。

 7時、大普賢岳。視界は効かない。小さなピークの上り下りが続く。

 10時、行者還の宿。ここまで降りると雪はないが、霧氷に輝く行者還岳が美しい。トンネルからの登山道と合流してからは、登山客とすれ違うようになる。

 2時半、弥山。小屋の方でポンプの音がする。今日は評判の悪い小屋主がいるようだ。ここで泊るのは止め、頑張って楊子の宿まで足を伸ばそう。八経ヶ岳、長いエビの尻尾となった霧氷が輝く。

 6時丁度、小屋にたどり着く。同宿者一名。三重県からの登山者で、今日は深仙の宿から来たとのこと。今日も寒い一日だった。

 

/28(火)

 5時出発。

 5時半、仏生ヶ岳の樹林帯を透かして朝日が昇る。今日は初めての快晴だぞ。正面、木の間から霧氷で白くなった釈迦ヶ岳が朝日に輝いている。

 8時半、釈迦ヶ岳頂上。お釈迦様の顔にエビの尻尾がいっぱい着いている。深仙の宿で日向ぼっこをしながらポタリポタリと岩からしたたり落ちる香精水を水筒に受ける。大日岳の頂上も今回はパスする。

 10時半、太古の辻。宋の唐庚の「酔眠」という詩の冒頭に「山は静かにして太古に似たり」という一節がある。ここに来るといつもこの詩が思い起され、私の大好きな場所である。暫く腰を下ろして太古の雰囲気に浸る。

 ここからは南奥駈に入る。北とは異なり高度も低くなり、なだらかな尾根歩きが続く。雪や氷はすっかり消え、春の気配が漂う。ミツバツツジやムシカリの花が開きかけている。天狗山、地蔵岳、涅槃岳、証誠無漏岳などの小さなピークを踏みながら進む。やがて持経の宿。立派な小屋で、布団まで備え付けられている。あと、1時間で平治の宿だ。

 5時半、平治の宿。残念ながら、布団はない。

 

/29(水)

 今日も快晴。日の出を見ながら出発。

 8時、行仙岳。4日目となり、少しずつペースが落ちてきている。心配だった膝の方は、出発前のヒアルロン酸の膝内注射、サポーター、毎日の抗炎症剤服用で快調だが、足のマメが痛む。この辺りすっかり暖かくなり、谷間を見下ろすと目も覚めるような新緑の中に山桜が咲いている。

 11時、笠捨山。行仙の宿からここまで、ガイドマップでは1時間20分なのに、2時間かかっている。笠捨の登りは150m程の登りだがこたえる。今日はここまでで3人の順峰(本宮から吉野へ)での奥駈の登山者とすれ違う。笠捨を下ると、次は奥駈最後の難所、地蔵岳だ。見上げると、標高差は大したことないが、槍のようにとがっている。下りに10mほどの鎖で下る垂直の崖があり、現在捲き道が通行不能なので自信のない人は下の部落へ下るように案内がある。以前に通った時にそんな怖いところがあったかな? 記憶にない。ということは大したことはないのだろう。地蔵のピークからは、遙か彼方に釈迦ヶ岳が見える。思えば遙かに来たもんだ。下りは鎖場を慎重に降りる。アレ! いつの間にか、垂直の岩場の下に出てきている。どうも、通行不能の捲き道に迷い込んだらしい。しかし、大した危険を感じるところもなかった。

 地蔵岳を過ぎると、道は杉の植林帯に入りどんどん高度を下げる。広いなだらかな道を急いで降ると、高度はとうとう700mを切る。この辺りは大阪近郊のハイキングと変わらない。

 玉置山への登りは、林道と並行した緩やかな道で日没との競争である。

 6時半、ようやく玉置山駐車場。日没が美しい。駐車場を少し上がった林の中でツェルトを張る。

 

/30(木)

 昨夜は暖かく、ぐっすり熟睡できた。目が覚めるともう5時前。山頂の石楠花はもう赤い蕾をつけている。今日は降るだけだからと玉置神社でのんびりして、神社を出発したのは8時。

 10時半、大森山。足が痛んでスピードが上がらない。意外と時間がかかる。大森山からの激降りは椎の落葉でよく滑る。

 2時半、山在峠(265m)まで降ってきた。何とか明るいうちに本宮に到着できそうだ。すぐ下には、十津川が広い川原の中を流れている。そのうち本宮大斎原の大鳥居が見えてくる。

 4時、七越峰。名前の通り、ピョコピョコとある小さな凹凸を越えてゆく。ついに堤防に降りてきた。本来ならここから川を徒渡りで大斎原に行くのだが、水量が多すぎる。橋を渡って、本宮へ。大斎原(明治24年の大洪水で流されるまで本宮大社があった場所)を参詣、ここは本当に神さびている。今もここには神様がおわしますとの実感がある。次いで、本宮大社にお参りして、今夜の泊り場所、川湯に向かう。