去年はゆっくり北アルプスを歩いたのですが、今年はあまり日程が取れず表銀座を歩くことにしました。実は小生登山歴は50年近くあるのですが、槍穂高には登ったことがありませんでした。あまりにポピュラー過ぎるのに反発したのと老後の楽しみと取っておこうと考えたのですが、もうそろそろ老後かと登ることにしました。
9/18(金)
早朝、松本に降り立つ。昨夜は一列4座席の夜行バス。隣に太った若者が座り、窮屈でよく寝られなかった。首が痛い。二度と利用したくない。信濃大町からタクシーで餓鬼岳白沢登山口に到着したのは7時過ぎ。運転手としばらく雑談して出発する。今日は快晴である。渓流沿いの道が続く。昨夜の寝不足がたたってか、調子が悪い。今回は小屋泊まりのため、荷物は軽いのだが。紅葉の滝、魚止の滝を過ぎ、最終水場でたっぷり水を汲んで、いよいよ急登にかかる。周囲の木々は赤くなり始め、秋の気配が近づいている。
大凪山を過ぎて、百曲がりの急登にかかると朦朧として足が進まない。小屋の手前で女性を含む3人連れに追い越される。聞くと私より1時間後に登山口を出発したとのこと。女性の一人は私よりだいぶ年上に見えるのにニコニコしながら軽々と歩を進めている。それでも2時半、小屋に到着。すぐに頂上に登る。見晴らしは絶好である。足下には真っ赤に紅葉したクロマメが濃い紫の実を一杯につけている。丸々として大きく、口に入れてみると素晴らしく旨い。市販のブルーベリーなど比べものにならないくらい、甘みと酸味が濃い。しばらく座り込んで、口いっぱいにほおばる。目を上げると高瀬川を夾んで去年歩いた裏銀座の山々が正面に連なっている。遙か彼方に今回の終点槍ヶ岳も望める。
今夜の泊まりは先ほどの新潟のパーティとの4人だけである。名物のちらし寿司を食べ、同宿の人たちと歓談して就寝。
9/19(土)
今日も快晴である。同宿のパーティは唐沢岳をピストンして下山するとのことで、燕岳方面に向かうのは私だけである。花崗岩が恐竜の背のようにギザギザとした剣ズリ尾根を進む。紅葉と白い岩のコントラストが美しい。東沢岳から坂を下ると東沢乗越。ここから北燕岳まで450mの急登である。深まり行く秋の林を抜けるとチングルマの草紅葉がひろがる草原に出る。頂上は近い。
北燕岳。登山者をチラホラと見かけるようになり、稜線を少し行くと燕岳。こんな高いところまで猿の群れが登ってきている。ハイマツの実を食べている。正午、燕山荘着。週末とあって、人が多い。
さすが表銀座。前後に何パーティも連なって大天井岳へと進んでゆく。大天井岳は頂上を踏まずに捲き道を大天井ヒュッテに向かう。3時半、ヒュッテ到着。混んでいるかと心配したが、一人に蒲団一枚と比較的楽な状態であった。ここの飲み水は谷から汲みあげているとのことで、安心して飲める。
日没を見に、牛首に登るように奨められるも、何となくその気になれずパス。ヘルメットにザイル持参の登山者がいたので何処へ登るのかと聞くと、この先から貧乏沢を下り、北鎌尾根に取り付くとのこと。
9/20(日)
快晴。早朝、牛首に登り、日の出を見る。日光が槍、穂高をピンクに染めて荘厳だが、雪がないだけ、11月に常念小屋から見た槍・穂高を染めたモルゲンロートに劣るか。
小屋を出発して2時間少々で西岳小屋。槍・穂高が一望でき、鏡平に匹敵する素晴らしいロケーションだ。一度は泊ってみたい小屋である。最低鞍部の水俣乗越を越えると槍ヶ岳までは最後の600mの登りだ。だんだん大槍の岩峰が近づいて来る。さすがアルプス随一の山だ。今まで敬遠していたのは食わず嫌いだったか。しかし表銀座と言うから楽ちんコースかと思っていたが、なかなかの登りではないか。
ヒュッテ大槍を過ぎると、槍ヶ岳山荘まではもう一息。下に見える槍沢登山コースは登山者の列が途切れることなく続続と登ってきている。今晩の小屋は大混雑だぞ。
12時半、槍ヶ岳山荘着。早々にチェックインを済ませ、大槍へ登る。小屋の傍からもう行列だ。山頂への列は遅々として進まない。結局2時間近くかかってようやく頂上に立つことが出来た。雲一つ無い快晴だ。富士山を始め、中部地方の主な山は全部見える。
小屋は大混雑。蒲団2枚に5人、ちょうど真ん中に割り当てられ、蒲団の間で結局畳の上に寝たことになった。おまけに隣のいびきがひどくて。遅く来た人は玄関や食堂に寝かされたようだ。夕食は11時頃まで最終案内があったようだから、寝る時間はほとんどなかったのでは?
9/21(月)
本来ならば、まだまだ休みがあるので、雲の平辺りへでも回ろうかと予定していたのであるが、孫サービスをせよとの家内の命令で2日値切られ、今日下山となった。この混雑では上高地へ下ると今日中に大阪に帰れない恐れがあるので、新穂高へ下ることにする。
飛騨乗越からまだ日の当たらぬなだらかな斜面を下ってゆく。草紅葉の広大な草原はセガンティーニの画を思い出させる。槍平小屋手前で、山の仲間とバッタリ。我が山の会も全国規模だ。
槍平小屋の前だったか、後だったか、道に覆い被さっていた灌木の小枝か、葉っぱがちょっと眼に触れた。角膜に当たったような感じがした。その時は痛くも何ともなかったのであるが、後に大事件に発展しようとは思いもかけないことであった。
あとは新穂高に到着して、温泉で汗を流して、乗り合いタクシーで高山へ。その日明るいうちに大阪へ帰ることが出来た。
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