臭豆腐
世の中には臭い食品がある。それはほとんど発酵によって臭いを発するようになったものだ。これらは臭いけれども旨い。それはそうだろう、臭くて不味ければ誰も食べない。私はこれらの食品に興味があり、チーズ・納豆大好き人間である。
日本で臭い食品の代表といえば東では「くさや」、西では「鮒寿司」だろう。
三十年程前大学で助手をしていたとき、東京から来ていた大学院生が夏休みのお土産にくさやを持ってきたことがあった。これはあるいは私が彼にリクエストしていたのかも知れない。早速、これで一杯やろうと夕方、研究室のガスコンロで炙り始めるとたちまち部屋中に下肥をぶちまけたような臭いが立ちこめ、隣の教授室から教授が飛び出してきた。やがて臭いは研究棟全体に立ちこめた。あれはどこかの研究室で有機溶剤の瓶を割ったとき以来の事件だった。しかしあの「くさや」、味は絶品だった。
関西に住んでいるので、琵琶湖の鮒寿司はしばしば食する機会がある。これはたいして臭いという程のものではないが、なかなか旨いと感じられなかった。あるとき、海津大崎の店の売り子から鮒にまぶしてある発酵したご飯を普通のご飯にかけて茶漬けにすると美味しいよと教えられ、これを実行し始めてから段々鮒寿司自体の旨さも判るようになってきた。一度、大きな鮒を一尾買ってみたいのだが高価なので手が出せないのと、塩辛いのであまりたくさん食べると血圧の方が心配になる。
中国で臭い食品の代表といえば「臭豆腐(ちょうどうふ)」だろう。
清朝康煕帝の時代、王致和という安徽省出身の挙人が都へ科挙を受けに出てきたが、合格せず何年も都で暮らしていた。そのうち困窮して、故郷でおぼえた豆腐作りで生活費を稼ぐようになった。ある夏の暑い日、彼は豆腐を作りすぎて売れ残った。しかし棄てるのが惜しくて、小さな固まりに切って瓶の中に密封しておいた。秋になって、ふと思い出して開けてみると、豆腐は灰緑色に変色して大変臭くなっていたが、口に入れてみると大変旨かった。隣近所の人に食べてもらったところ、その味は大変な評判になった。やがて、その話は宮廷にも伝わり西太后の賞賛を受けた。以後、王致和の臭豆腐は北京の名物となたとのことである。この話は、中国語の教科書として使っている本「京城老行当(北京の昔の商売)」(北京へ旅行したとき鼓楼の土産物屋で買った)に載っていた話である。日本の落語の「ちりとてちん(酢豆腐)」とちょっと通じる話でもある。
中国語の個人レッスンの先生であるお嬢さんから春節(旧正月)に北京へ帰ってきたお土産にこの「王致和」の臭豆腐を頂いた。今までに何度か臭豆腐を食べたことはあったのだが、これは臭い。最高に臭い。日本の「くさや」が下肥の臭いなら、これはまさに下水の臭いそのものである。箸で割ってみると糸を引く。腐っとるのとちゃうかいな? 恐る恐る口にしてみると、塩の結晶が舌に当たり塩辛いが、旨味がじわりと口に拡がる。うーん、クセになりそう。