溺死体発見
 アー、ナンマイダ、ナンマイダ。あっ、我が家は神道やった。ハラエタマエ、キヨメタマエ。こともあろうに、溺死体の第一発見者になってしまった。

 四月初め、今年退職したばかりの山好きの元同僚の退職祝いで旧友三人が集まって、京都市の北部、保津川源流の広川原に出かけた。川原でバーベキューで一杯やろうというのである。適当な川原を見つけて、バーベキューの道具をひろげる。空は快晴、風は少し寒いが、まず爽やかな一日である。例の自然児Mさんが早速素っ裸になって流れに身を沈める。ウー、サブッ。まだ水は冷たそうで、見ているだけで震えがくる。やがて真っ赤になって出てくる。現代っ子から見ると、足が短くてバランスが少々悪いが筋骨隆々として惚れ惚れする肉体美である。
 火が起きるまでと、川原をぶらぶらする。少し下流に小さな淵がある。近づいて思わずギョッとする。水中に異様なものが沈んでいる。フィッシングスーツを着込んだ人間である。丁度、オートバイに乗ったような姿勢で手を前に伸ばして、足を少し屈めて仰向けに浮かんでいる。フードが覆い被さっていて顔は見えない。
 「Mさん、Kさん、ちょっと来て。えらいこっちゃ。」 Mさん、向こうの方で「人形、人形」と笑いながら言う。彼は川原に降りるときチラッと見かけて、人形が沈んでいるを即断したらしい。何でも、彼の住んでいる猪名川には時々ダッチワイフが浮かんでいるらしい。そうかと一瞬思うが、見えている指が生々しい。「これは人やで。」念のため、枯れ枝ですっぽりと顔を覆っているフードを持ち上げる。現れたのは、六十過ぎの老人の顔。一目で、もう死亡していることがわかる。
 慌てて、携帯電話を取り出すが、通話圏外。Kさん、数百メートル先に見える民家へと走り出す。「Kさん、ゆっくりでいいよ。急いでも、仕方ないよ。」Kさん、すっ飛んで行ってしまった。
 暫くすると、オートバイで駐在さん、救急車で消防隊、消防のヘリコプターまで飛んできた。発見者として、警察と消防から同じことを二度、根ほり葉ほり聞かれるが、こちらとしても、浮かんでいるのを見つけたとしか答えようがない。小生が一応医師であることが分かると、死亡の確認をせよと依頼されるが、「はい、死亡されています。」と言うだけである。
 死体の浮かんでいたところは、向こう岸まで十メートル程の深さも人の腰ほどの小さな淵で、溺れようもない場所である。すぐ側の川原に釣り道具が転がっていたところを見ると、心筋梗塞などの発作を起こして水の中へ倒れ込んだか、足を滑らせて水中に転げ込んでショックで死亡したかと思われる。すぐ上の道ばたにワゴン車が止まっていたので、早朝に事故に遭われたのだろう。
 流石にここでバーベキューを続ける気にはなれず、荷物を引き上げて、更に数キロ上流へと移動して、宴を開いた。

 テレビの「ご当地殺人事件」なんて云うのを見ていると、京都あたりの山中にはそこここに死体がゴロゴロしているようであるが、本当に出くわすとは思っても見なかった。
 八月に、徳島県の蒲生田岬へ行き、灯台から崖下の磯を見下ろすと、人が長々とうつ伏せになって浮いている。また、死体発見かとドキッとするが、やがて手足が動き出す。ヤレヤレとほっとする。シュノーケルをつけて、アワビかサザエを捕っているのであった。密漁か、漁師かは、小生の預かり知らぬところである。