膝痛

 小柄で非力な私は、若いときからあまり荷物は担ぐことが出来ず、山行の荷物をパックするのに何を残すかで苦労した。カメラなども最後にどうしてもザックに入らずあきらめることが多かった。

 山道の登りも遅かった。早くてもガイドブックに書かれた時間通りが精一杯だった。あれは、24歳の夏だったろうか、南アルプス小渋川広河原から大聖寺平への登りで、下ってくる登山者にあとどれ位かかるか訊いたところ、気息奄々の私をみて、「そのペースだったら、夕方までかかるんじゃない」と言われ、大変悔しかった。頑張って昼前には着き、その足で荒川岳ピストンまでやった。ざま見ろ。

 その代わり、下りは速かった。だいたいガイドブックの時間の半分から2/3位で下った。小走りで下るのである。友人にいつも「儂は××大学下山部や」という奴がいたが、ほんとそんな感じだった。あの時も光岳から柴沢小屋まで走って下ったし、翌日も寸又峡までトロッコ道を平気で歩いた。

 ところが、何時の頃からか下りが段々遅くなってきた。今では一歩一歩足下を確かめながらの下りであるから、我ながらイライラするほどのスピードである。目の前の坂を見ても、昔こんな坂が走って下れたことが信じられない。登りの方が楽に感じるこの頃である。と言っても登りが速くなったわけではないのだが。また、山行の後、膝の痛みがこたえるようになった。

 そんな状態でシコシコと山歩きを続けていたのだが、3年前の秋の北アルプスで、決定的なことが起こった。

 中房温泉で一泊し、ノンビリと燕岳に登り一泊する。この日は雪も少なかったし何の問題もなかった。次の日は常念岳までの縦走である。大天井岳辺りで30センチほどの新雪で、歩行に困難を感じることはない。ところがペースが上がらない。特に足が痛いというわけでもないのにと首をかしげる。常念小屋に着いて、予定では常念岳に登ろうと思っていたがもうとてもそんな時間ではなかった。3日目、朝の常念岳ピストンも足が重く下りに意外と時間がかかる。11時、一の沢を下り始める。前回ここを下ったときは穂高駅まで歩いたのだが、今回は様子が変なので林道終点までタクシーを手配する。小屋の話では、ゆっくり歩いても3時間半もあれば楽に着けるとのことだったので、余裕を見て4時間後の3時に迎えに来てもらうことにする。ゆっくり歩いたわけではないが、やはりペースが全然上がらない。4時間かかって、辛うじてタクシーに間に合った。このときも足は大して痛くなかった。

 それから数日後、突然膝がガクガクしだした。具体的に形容するのが難しいのだが、膝に力は入らず、ピョンピョンと跳ねるようにしか歩けない。慌てて友人の整形外科医へ行って、レントゲンを撮ってもらうが何の異常もなし。結局、非ステロイド系の抗炎症剤をもらってお終いとなる。友人の言「山へ行くときは抗炎症剤を持って行き、飲みながら歩け。それでも心配なら、行く前に膝の関節にステロイドの注射をしてあげる。これで大丈夫。」おいおい、ステロイドとか、抗炎症剤は対症療法だろう。そんな過激のことをするとあとが怖い。

 しばらくして、サイクリング仲間からグルコサミン+コンドロイチン硫酸の錠剤を常用して、膝の調子がよいということを聞いた。薬の研究に携わったことのある私としてはこんな栄養剤はあまり好まないのだが、今回は試してみることにした。近頃、サプリメントや漢方薬でも副作用の問題が出ているが、グルコサミンはエビやカニの殻の粉末、コンドロイチン硫酸は鮫の軟骨だからまず大量に服用しても大丈夫だろう。

 数ヶ月して、家内と近くの山をハイキングした。帰りの山からの下りで、足が軽く感じて、スキップしながら走って下れた。こんな感じは実に数十年ぶりの感覚である。例の整形外科医の話すと、「医者のくせにそんなもの飲むなよ」といわれた。そんなこと言ったって、私的には非常に効果があった。

 近年、医療の世界ではEBM(エビデンス−ベイスド メディシン)といって、患者にとってはっきりメリットがあると証明された薬剤を使おうという機運が強くなってきている。しかし、そういうエビデンスを作るには大変な費用と労力が必要であり、医薬品でも限られたものしかそういうエビデンスを持っていない。まして栄養剤では誰もそういう試験をやらない。従って、効果があるというエビデンスはない。しかし、逆に効かないというエビデンスもないのである。

 そんなわけで、私としては他人に積極的に推薦はしないが、自分ではせっせと毎日服用している。まあ、最初に感じたような感激的な効果は薄れてきているようであるが。