仁淀川カヤック紀行

 鮎の解禁前に山陰の江川を下りたいと日程と天候を睨んでいたのだが、どうも五月中には長い休みは取れそうにない。江川を下るとなると、中流に2日、下流にも2日と4,5日は休みが欲しい。そこで高知県の仁淀川に計画を変更した。ここなら河口まで行っても2,3日で降れそうだ。この川は土地の人に言わせると四国で二番目に綺麗な流れとのことらしい。ちなみに一番は吉野川支流の穴吹川とのこと。数年前、四万十川を下ったとき、少年時代に遊んだ吉野川(徳島県)と同じような清流に感激したが、それよりも美しい流れとあっては是非一度は行くべきだ。
 さて「天候は?」とインターネットで見てみると、全国的にはまあまあの日和だがどうも高知県辺りだけが怪しい様子だ。これは後で調べて分かったことだが、「土佐低気圧」といって土佐湾沖には低気圧が発生しやすく、これがために高知県は雨が多いのだそうだ。しかし、その時は全国的にはいい天気なのだから、雨と言っても小雨程度だろうと高を括って決行することにした。

5/10 朝、大阪を出発。快晴。淡路、徳島道、高知道を経由して、仁淀川中流の町、越知町に着いたのは昼過ぎ。食料を仕入れて、少し上流の宮ノ前公園に行ってみると、前の川はチョロチョロの流れでとても下れそうにない。どうも公園の下手で大桐川と合流してから水量が増えるようだ。しばらく車でウロウロした後、役場の裏手の橋の下で格好の舟を出す場所を見つけた。早速、20年来の愛艇、クレッパー社のAerius II(フォールディング・カヤック)を組み立てる。この舟は二人乗りだが、中央に手製の座席を付けて今回は単独行である。
 3時、出艇。曇。この辺り、水は透き通っていて、息を呑む美しさである。川は大きく蛇行して、北へと方向を変える。所々底を擦るが、下りてライニング(ロープを付けて舟を引いて歩く)する程のことはない。一人乗りなので喫水は浅い。岩石群の間を流れに乗ってスルリと抜ける。我が艇は安定性、直進性は抜群に良いのだが聊か鈍重であり、急流をヒラリヒラリかわしながら行くのは苦手である。勿論、乗り手の腕も悪いのだが。しかし、舵を付けてから大分楽にはなった。
 前方、癖の悪そうな瀬が見えてきた。ここは下りて舟をライニングした方が無難だ。
 4時頃から、ポツリポツリと降り出した。ウーン。天気予報は残念ながら正確だ。
 前方に、上流のダムの放水口からの流れが白波を立てている。その手前右岸に、キャンプに格好の河原がある。今日の泊まりはここと決めて、河原と岸の間の入り江に舟を入れる。浅い水溜まりの中には、50センチを超える鯉が十匹程遊んでいたが舟に驚いて逃げてゆく。増水時の避難コースを確認して、河原にテントを張る。
 今日の行程は4キロ程か。
 前の淵でルアーを引いてみる。3,40センチのウグイだかニゴイだかがヒットしたがばらしてしまう。食べる魚を釣るのなら、餌釣りの方がいい。雑魚が一杯いそう。川エビ取りの網ももってきているのだが、今夜は雨になりそう。

5/11 昨夜半から断続的に降り始めた雨は、ますます激しくなりちょっと止みそうにない。水も2,30センチ上昇して、昨夜河原に引き上げていたカヤックが入り江にプカプカと浮いている。水ももう笹濁りで、底は見えなくなっている。8時過ぎまでシュラフの中でぐずぐずしていたが、ここで止めるわけにはいかない。何せこの上には車の道はないので、カヤックを回収できない。
 9時半。篠突く雨の中、出艇。ここから下流は川幅も広く、少々増水したとしても航行に不安はない。舟は水の上だし、むしろ底を擦らなくて好都合なぐらいだ。
 ダム放水口の広々とした淵を過ぎて、川の流れに身を任せて下ってゆく。瀬波は高くても3級程度であり、流れもほとんど真っ直ぐで気持よく下れる。淵も減水時ならばほとんど流れはなくて漕ぐのに苦労するのだが、今日はパドルの手を休めている間にもどんどん下ってゆく。途中、いくつも村落を過ぎるが、雨中とて河原に人影はない。両岸の澱みには、ツガニ取りの罠が点々と並んでいる。河原には鷺や川鵜が静かに佇んでいる。
 12時。柳瀬の河原に舟を着け、上陸する。幸いなことに食堂があり、ビールでのどの渇きを癒し、おでんで身体を暖める。ウェットスーツを付けているのでさほど寒くはないが、まさに杜牧の「清明時節雨紛紛 路上行人正断魂」の気分である。これが一人旅の侘びしいところであり、また逆に病みつきにもなるところなのだが。
のんびりしていると、急にサイレンが鳴り出す。店の女の子に聞くと、ダムの放水の知らせだろうという。やがて宣伝車が大声で放水を知らせて廻りだす。最大で一秒三百トンの放水とのこと。どの程度、増水するのか見当もつかないがもう相当川幅が広がっているので大した影響は無いだろう。舟のところまで帰ってみると、それでも繋いでいた石がすっかり流れに沈んでいる。一時間ほどの間に20センチほどは上がってきている。
 ここまで下ると、増水していても流れは大味なものとなり大して書くこともない。両岸の景色も人臭くなって、車の通行も多い。やがて川は伊野の町へと入ってゆく。このころやっと雨が止む。ヤレヤレ。
 地図をみると、この下流に八田堰堤がある。さてこれが越えられるかどうか。堰堤のすぐ上流の広い河原に舟を泊めて、偵察。「ウーン」。荷物を全部下ろせば、端の方をライニング出来ないことはなさそうだが、下手をすると舟を傷める。それで、今回はここで打ち上げとする。舟の近くの一番高そうな場所にテントを張る。
 テントの中で晩飯を食べていると、いつの間にかテントの裾まで水が上がってきている。「オイオイ、もう雨は止んでいるんやで」。一時間ほど、心配でずっと見ていたがもうこれ以上は上がってきそうにないので安心して寝る。

5/12 相変わらずの曇り空。伊野、佐川、越知とJRとバスを乗り継いで車を取りに帰る。車一台だといつもこの行程に頭を悩ます。
 河原に帰って、全て片づけて、記念にきれいな石を一つ積み込んで、仁淀川河口へと車を走らせる。河口あたりの風景ものどかで好ましい。次回来るときは是非河口までと思う。
 帰り、徳島県にはいると空は快晴であった。