四国、別子銅山・笹ヶ峰・平家平山行
2018.06
今年になって、ハイキングに出かける途中、滑って腰を打った。それ以来、腰の痛みが取れずに調子が悪い。おまけにバランスも悪くなってきて、急に立ち上がったりするとフラフラする。このままでは、もう山へ行けなくなる。多少無理でも、ここは痛めつけて直そう。
そういうことで、表題のコースを歩くことにしました。これならそうきつくはないだろう。ゆっくり2泊3日で歩こう。
6月15日(金) 大阪から夜行バスで新居浜へ。
6月16日(土) 5時半、新居浜着。9時の別子山バスで日浦別子銅山登山口10時着。今日は快晴だが、あまり暑さは感じない。
身支度を調えて歩き出す。テントは担いでいるが極力軽量化しているので、重さは感じない。腰の方も心配するほどのことはない。足谷川に沿っての道は良く踏まれて歩きやすい。何しろ江戸時代よりこの小さな足谷川沿いには一万を越える銅山労働者が住んでい他のだから。ヤマツツジの赤い色が鮮やかだ。
この道を歩くのは15年前の秋以来だ。あの時はこの道を銅山越えまで上がり、そこから東明石山まで縦走した。あの頃は元気だった。
円通寺跡を通り過ぎると小足谷を渡る橋に出る。昔の写真に見られるように、この小谷沿いにはぎっしりと家が建ち並んでいたのだが、今はすっかり森林となって石垣やレンガ塀のみが昔の繁栄を偲ばせている。
登山口案内図(拡大図へ) | 登山口 |
歩道(拡大図へ) | 三ツ森山を望む |
ヤマツツジ | 足谷川 |
円通寺跡 | 小足谷に架かる橋 |
小足谷 | 全盛期の小足谷−ネットから転写−(拡大図へ) |
小足谷建物跡 | 小足谷建物跡 |
小学校跡、劇場跡を過ぎるとダイヤモンド水。ここで清冽な水を2.5リットル補給する。ここで少し道を間違って、踏み跡に踏み込んで目出度町跡をウロウロするが、大山積神社跡で本道に合流する。前回は通り過ぎてしまった蘭塔場に寄ってゆこう。小高い場所に石垣で囲まれた墓所がある。ここには元禄年間の鉱山大火災の犠牲者132名が祀られていたところだ。 本道に戻って少し登ると歓喜坑跡。ここも水が出ているのでテントを張るかと考えたが、少し早すぎる。風呂屋谷の源流で水が得られそうなので、そこまで歩こう。銅山越えへの道を分けて、風呂屋谷沿いに適当なテントサイトを探しながら歩く。水が涸れる直前で、まだ3時前だが道の上にテントを張る。
小学校跡 | 昔は家がびっしり建っていただろう |
劇場の大階段 | 劇場下を行く (拡大図へ) |
ダイヤモンド水 | 足谷川 |
大山積神社跡 | 蘭塔場 |
歓喜坑 | 蘭塔場と目出度町跡 (拡大図へ) |
風呂屋谷の山道 | テントサイト |
6月17日(日) 昨夜はシュラフなしではさすがに寒かった。今日も快晴だ。6時出発。少し谷を詰めると、西山から笹ヶ峰方面への尾根筋にでる。道は笹がかぶっているが、悪路と言うほどのことはない。片眼で遠近感が悪いので、ストックを頼りにソロソロとあるく。前方にこれから登る県境稜線が見える。笹ヶ峰はちち山に隠れている。ここから最低鞍部まで200mの下りだ。
鞍部(大坂屋敷越え)からは約500m登って笹ヶ峰から平家平への稜線に出る(ちち山別れ)。5時間かかってようやく稜線に出る。やっぱり歳だな。ここまで来ると稜線の反対側は高知県だし、石鎚山系が展望出来る。
県境主稜線を臨む(右端:ちち山、中央:冠山、左の草原:平家平) | |
ブナの巨木 (拡大図へ) | ブナ |
笹の中の道を辿る | 稜線への登り (拡大図へ) |
稜線近し | ちち山別れから見る冠山・平家平 (拡大図へ) |
予定では今夜は笹ヶ峰を越えたところの丸山荘で泊まろうと思っていたが、水はまだ2リットル持っているし、遠回りで時間の無駄だ。ここから空荷で笹ヶ峰を往復しよう。ちち山の急斜面の捲き道を行く。笹が茂って歩きにくい。空荷でよかった。やがて笹ヶ峰が見えてくる。ブラブラ歩いて、1.5時間ほどで山頂。素晴らしい展望だ。石鎚山はあれかな? 法皇山系(東西明石山)は全部見える。 これから向かう冠山、平家平など。あとの山々は名前が分からない。丸山荘から上がってきた数名がノンビリと憩っている。風がとても爽やかだ。
ちち山捲き道から笹ヶ峰 | コメツツジ |
笹ヶ峰 (拡大図へ) | 笹ヶ峰 (拡大図へ) |
山頂へ | 笹ヶ峰山頂 |
山頂 | 山頂から冠山・平家平を望む (拡大図へ) |
ちち山 (拡大図へ) | ちち山別れ近く (拡大図へ) |
ちち山別れから冠山方面 |
ちち山に登る気もせず、もとの捲き道を引き返す。
さて、今日はどの辺りにテントを張ろうか。一面の笹原で適当な場所を見つけるのが難しそう。冠山手前の鞍部に林が見える。あの中は笹が少ない平地がありそう。理想的とは云えないが、まあ辛抱出来そうな平地が見つかった。今夜はここで一夜を過ごそう。
夜になって、雨が降り出した。風も強い。
林の中 | テントサイト |
6月18日(月) 幸い雨は上がった。雲は高く、雨の心配はなさそうだが、笹原は雨に濡れているので、雨具をつける。スパッツの上から雨具のズボンをはく。こうすれば靴の中が濡れない。
小一時間で冠山頂上。8時前、家に電話する。「晩ご飯用意しているからね」と家内の強制的要求。これでは昼の別子山バスに間に合うように下りなければならない。天候も回復してきたので、本当は平家平頂上で2、3時間昼寝でもしたかったのだが。実はこの電話の数分後に我が家は地震で大揺れになったのだが、神ならぬ身で知るよしもない。
平家平までは平坦な道をブラブラと歩く。1.5キロ程か。もう笹原も乾いてきた。
平家平頂上。なだらかで気持ちいい平原だ。しまった。昨日、頑張ってここまで来てテントを張ればよかった。そうすればノンビリ出来たのに。まあ、1時間ぐらいはノンビリしよう。振り返ると歩いてきた笹ヶ峰までの稜線がきれいに見える。月曜日ということもあって、景色を独り占めだ。
冠山 | この辺りの岩石(片麻岩?) |
冠山山頂 | 石鎚山遠望(右から寒風山、瓶ヶ森、石鎚山、右端伊予富士)(拡大図へ) |
石鎚山系展望 | |
ベニウツギ? | アザミ |
バイケイソウ | 平家平から振り返る(拡大図へ) |
平家平 | 平家平 |
さて下ろう。下り道はきれいに刈り払いがされていて、気持ちよく歩ける。道の真ん中に大きなマムシがトグロを巻いている。今まで見た中で最大だな。写真を撮るまもなく草むらに消えていった。
初めの予定では、三ツ森峠経由で下ろうと考えていたが、2時のバスに遅れると次は5時半までない。それでは晩飯に間に合わない。中七番へ下る道をとる。この道も昔の杣道だったのか丁寧にジグザグに作ってあって急勾配は無くよく踏まれていて、歩きやすい。若い時なら、2時間もかからない行程だろうが、3時間かかって住友林業フォレスターハウスに到着。
下り道 | 谷の青石 (拡大図へ) |
フォレスターハウス | 庭園のアヤメ |
バス道に出るも、バスまではまだ一時間ある。道路工事の人と雑談して、初めて地震のことを知って、あわてて家に電話する。豊中市内の我が家は幸いほとんど被害はなかったらしい。安心してマイントピアで途中下車して一風呂浴びてゆっくり帰宅した。
これで、またボチボチと山歩きが楽しめそうである。