伊勢山中サイクリング 霧山城趾と飯福田寺
2018.05

 誰かのブログで伊勢の飯福田寺(いぶたじ)の行場巡りが面白いと書いてあったので、この辺を廻ってみようと計画した。近くの北畠氏の霧山城趾にも登ろう。
 朝、美杉道の駅を出発する。伊勢本街道を過ぎると、北畠神社はすぐそこだ。ここは伊勢国司から戦国大名となった北畠氏が館を構えた跡である。本殿に参詣して、境内を一回りする。40年近く前、家族を連れて来たことがあるが、その頃には北畠顕家の銅像はなかった。戦国大名の庭園として残っている庭園は前は自由に散策できたが、今は入場料が必要なようだ。垣の外から写真だけ撮る。

   
伊勢本街道の常夜灯  北畠神社入り口 
   
北畠神社本殿   北畠顕家像
   
神社境内  北畠氏庭園1 
 
北畠氏庭園 2 北畠氏庭園3 

 神社の裏山は北畠氏が構えた霧山城の跡だ。第一の目的はこの城跡に登ることだ。ハイキングシューズに履き替えて登る。途中、樹間より眼下に昔城下町があったであろう場所が見える。狭い谷間の僅かばかりの平地である。今は田畑のみで、向かいの山裾には社寺があったらしい。福井県の一乗谷朝倉氏遺跡と似た地形だ。植林の中の歩きやすい登りを40分程で、山頂の城跡に着く。南と西の展望は素晴らしい。
 しばらく散策して、さあ降ろうとした時、いつもの悪い癖が出た。もとの道を戻れば30分程なのに、それはイヤだ。地形図にある北へ降る破線路を行って上村へ出よう。小尾根の踏み跡を辿ると谷に下りた。倒木が折り重なり、崖崩れとで全くの廃道だ。大汗をかいて、2時間ほどかかってようやく上村に出た。大幅に予定超過だ。

   
眼下の平地  登山道 
   
山頂より南の展望  西の展望(尼ヶ岳と大洞山) 
   
城跡  城跡 
   
  谷を降る 
   
 やっと堰堤に出る 上村集落 

 先を急ごう。用意していた地図を持ってくるのを忘れたので、コースはうろ覚えだ。たしか清水峠というのを越えるはずだ。八手俣川に沿って下ってゆく。この道かなと登りだして、通りすがりの小父さんに聞くとこれは矢頭峠へ登る道で清水峠はもっと手前だとのこと。ホイ、しまった。通り過ぎている。
 なだらかな200m程の登りをシコシコと漕ぎ上がると峠だ。下れば町とは名ばかりの嬉野小原町。中村川を3キロ程下り、支流の飯福田川を2キロ程遡ると飯福田寺に着く。

   
清水峠への登り   清水峠
   
 モチツツジ  ?
   
嬉野小原町   中村川
   
飯福田川   飯福田川

 飯福田寺は伊勢山上とも呼ばれ、例によって役行者開山と伝えられ北畠氏の祈願所であった由緒ある寺院のようだ。まず本坊で行場への入山料を払い、行場巡りの注意を受ける。なかなか恐そう。モンベルのサービスがあるようだ。カードを提出するとお守りがもらえた。御利益で無事行場巡りが出来ますように。薬師堂の脇から行場への道に入る。

   
飯福田寺山門  本堂への石段 
   
飯福田川対岸の本坊   本坊から見た本堂(薬師堂)
   
タツナミソウ   薬師堂

 まず、愛染明王のお堂がある。なかなか有難げなお像だ。いよいよ最初の難所、油こぼしだ。ここを通らねば先へは行けない。急な崖だが、岩はフリクションがよく効いて油をこぼしたようではない。鎖に頼らねばならないが難なく登れる。行場巡りのハイライト、岩屋本堂だ。巨岩を刳りぬいたような凹みにお堂が建っている。すごい所だ。お堂の右側の鐘掛を登るのが行場巡りの道だ。岩の瘤を足場に登ってゆくのだが、上が見えない。このところ頓にバランスが悪くなっているので自重して迂回路をとろう。迂回路を廻って岩屋のてっぺんに出る。周囲の新緑が素晴らしい。あとは尾根づたいに幾つかの岩の行場を乗り越えてゆくのだが、安全そうなのを一つ乗り越えて、あとは迂回路をとる。向かい側の尾根の下に岩屋本堂が見える。全くすごい場所に建っている。
 尾根筋を下ってゆくと、本堂の薬師堂が見えてきた。ここで最後の展望台で岩屋本堂を拝する。

   
 愛染明王 油こぼし 
   
油こぼしの鎖  油こぼしを越える 
   
岩屋本堂  下を覗く 
   
岩屋本堂鐘掛  岩屋本堂の上 
   
反対尾根の行場道  何岩だったかな? 
   
反対尾根へと廻る  ミツバツツジかな? 
   
行場道からの展望  行場道 
   
行場岩が続く  岩屋本堂展望 
   
役行者  岩屋本堂 
   
薬師堂まで帰る  岩屋本堂最後の展望 

 ウワッ、もう四時半だ。急いで帰らなくては。まだ裏行場というのがあるらしいが、それを廻る時間はない。元来た道を帰ればなんと言うこともなく出発点まで戻れるが、やはり面白くない。ここはずっと中村川を下って、名松線に突き当たり雲出川沿いに遡り、奥津へ出よう。これなら大した上り下りはないだろう。
 必死で漕いで、真っ暗になって出発点まで帰り着きました。最後の奥津と道の駅の間の飼坂トンネルまでの僅かな登りがヘロヘロの身にはとても苦しかった。

ルート図