熊野古道 小辺路を歩く
2020.12 

 古来、熊野詣の街道は四つある。大辺路、中辺路、小辺路、伊勢路である。京、大坂から参詣するとき最も利用されたのは、紀伊田辺から東へ入る中辺路であるが、熊野と高野山という二大聖地を直接結ぶ小辺路も巡礼者にはかなり利用されたのではないだろうか。また、明治以前十津川本流沿いに安全な道が開かれるまでは、行商人、住民が牛馬と共に歩く、地域の人たちにとって重要な街道だったと思われる。従って、車が通れるところは少ないが、今でもしっかりとした道が残っていて、トレッキングなどにはもってこいのコースである。ただ、約70kmと長く、通しで歩くとなると大峰奧駆けに次ぐハードなコースとなる。
 小生も77歳となり、早く片付けないと歩けなくなる恐れがあり、今回頑張って歩くことにした。ただ、一日どれだけ歩けるか判らないのでどこででも宿泊出来るようにとテント持参の山行となった。

11/05 朝、自宅を出発しようとザックを担ぐと背負い紐が切れた。慌てて替わりの古いザックに詰め替える。これで出発が大幅に遅れた。
 高野山の小辺路入り口を出たのは丁度正午頃になった。まあ、今日の予定は大滝集落までだから、ゆっくり歩いて3時間ほどだ。軽自動車が通れるぐらいの林道を南下する。上り下りはほとんどない。道ばたの風景はようやく秋の深まりを見せ始めている。ススキの穂が日に照らされて美しい。
 一時間ほど歩くと、薄峠だ。標高1000m。ここで急に林道から左に折れて御殿川へと下り出す。下るにつれて周りは槙の樹林帯となる。大滝の住民は槙の枝を高野山に卸すのを生業の一つとしているようだ。.御殿川に架かる橋から見下ろすと紅葉が谷に映えて、水が燃えているようだ。

   
 高野山の紅葉  小辺路に入る
   
黄葉の道   伯母子岳方面
   
  薄峠 
   
 路傍の道標  紅葉を映す谷水 (拡大写真)

 橋を渡って100m程上ると大滝集落に出る。現在居住しているのは10戸足らずのようだ。集落の中に小辺路を歩く人のための東屋がある広場がある。水場と立派なトイレも付いている。ここにテントを張らせて頂く。まだ3時だ。集落の中を散歩する。少し歩くと葵の井戸という泉に出た。ここの清水は昔紀州の殿様に献上されたとのこと。水を飲んでいると、上の小道をトコトコと2匹のタヌキがニコニコしながら下りてきた。ひょうきんな顔つきなのでニコニコしているように見える。小生に気がついてハタと止まってジッと見つめ合う。カメラを向けると慌てて引き返していった。これはハクビシンかアライグマだろう。

   
テントサイト   
   
 葵の井戸  ハクビシン


11/06 6時出発。まだくらい中、植林の中登ってゆく。歩きやすい道を上ってゆくと30分程で高野龍神ドライブウェイに出る。1kmほど路肩を歩くと、また古道に入る。古道の紅葉は真っ盛りだ。この辺りで標高1100mだ。少し行くと平坦地、水ヶ峯の宿場跡に出る。明治期にはここに八軒の宿屋があったとのこと。ということはその頃は多分一日百人以上の旅人の往来があったのではないだろうか。巡礼は多分何十人かの団体で旅をしていたのだろう。道標を見ると「みずがむね」と読む。峰を「むね」と読むのは私の故郷四国の山奥でも同じであった。

   
大滝から小辺路を辿る  ドライブウェイから小辺路に入る
   
水ヶ峯辺りの黄葉1 (拡大写真) 水ヶ峯辺りの黄葉2 
   
  水ヶ峯宿場跡 
   
   水ヶ峯より南方の山並み(拡大写真)

 暫く古道を行くと、舗装された林道に出る。紅葉に彩られたなだらかな下りの林道を3kmほど進み、再び古道に入り急な坂道を下る。

   
  (拡大写真) 
   
古道に入る   古道沿いの地蔵

 さて、坂を下りきると川原樋川に出る。大股集落だ。橋から眺める楓の赤が水に映えて美しい。ここは標高700m。伯母子峠までは600mの上りで、距離は7km。

   
川原樋川の楓 (拡大写真)  大股集落

 集落の間を上ってゆく。しっかりと手入れされた道を高度を上げてゆく。菅小屋跡に到着。立派な小屋があり、水場もある様子。

   
 大股を振り返る 歩きやすい道 
   
伯母子方面遠望 (拡大写真)  菅小屋跡

 ダラダラとした上りを伯母子峠へと上ってゆく。この道は50年ほど前、十津川から赤谷を詰めて伯母子岳に登り大股へ下ったことがあり通ったはずだが、その時の記憶ではガレ場などがあり結構恐かったのだが、今はしっかりとした道である。紅葉が真っ盛りだ。この先水場があるか不明なので谷間のチョロチョロ水を汲んでおく。
 伯母子岳分岐。真ん中の道を取って伯母子頂上を踏む。今回の最高地点、1344m、雄大な眺めだ。下って伯母子峠の避難小屋に到着する。

   
(拡大写真)  (拡大写真)
   
伯母子岳分岐   山頂への踏み跡を辿る
   
 山頂からの眺め(拡大写真) 峠の避難小屋 

 まだ、3時前だ。上西家跡まで行ってテントを張ろう。あそこの方が風情がありそう。
 少し下ると鉄パイプで橋を架けていて水が流れている。水場だ。あとは少しガレているところはあるが、なだらかな下り道を下ってゆく。尾根が広く開けた場所に出る。丁度4時。上西家跡だ。標高1000m。トリカブトが一叢咲いている。こんな寂しいところに咲いているとなにやら不気味な感じがする。上西家は宿屋を営んでおり、昭和初めまで建物が残っていたとのこと。広い畑がありジャガイモやカボチャなどを作っていたとのこと。すぐ近くに水場があると案内書に書いてあったが見つからなかった。
 畑地のあとにテントを張る。
 夜中から雨が降り出す。

   
  上西家跡 
   
上西家跡に咲くトリカブト (拡大写真)  この辺りは畑の跡か、テントを張る
 

11/07 昨夜からの雨は小降りとなったが止みそうにはない。6時出発。霧雨の中、神納川へと600mをひたすら下る。この間は山道が2本あるようだが、古道は尾根筋の方だ。昔読んだ伯母子岳の登山ガイドではもう一本の方が通られていたようで、山中に石畳のある古道のあとが残っていると書かれていた。それが世界遺産となったのを機に改修されたのだろう。雨に濡れた石畳道は滑りやすくあまり気持ちのよいものではない。そろそろと下ってゆく。9時半、神納川まで下りてきた。コースタイムの倍かかっている。下りは苦手だ。
 神納川を見るのは2度目である。60年近く前、護摩の壇山からこの川を下ってきたのだ「初めての単独行(Jan/2013)」。意外と大河だな。
 ここでベンチに腰掛けて、自販機の温かいジュースを飲んだり、エナジーバーを食べたりして大休止。

   
 弘法大師像  石畳道
   
石畳道   神納川(拡大写真)

 さて、三浦峠への登りにかかろう。集落の民家の間を通って最上部の家で女性と暫く立ち話。この家までは車は上がってこられない。小さなモノレールで荷物をあげるようだ。
 石畳の道を上ってゆく。周りは杉の植林でなかなか陰気な雰囲気だ。吉村家跡。杉の巨木が立っている。家の周りを囲んでいた防風林だったらしい。三十丁の水。滾滾と清水が流れ出ている。美味しい水だ。あとはトボトボと山道を辿るのみ。コースタイムを大幅に超過してようやく三浦峠に到着。山の神でもお祭りしたのかな?祭祀のあとがある。この峠へは車で上がれるようだが、今は人気もなくガスに包まれ、シトシトと雨の降る峠の様子は何となく陰惨としている。
 もう1時半だ。急いで下らないとやばいぞ。
 幸い、下り道はなだらかで歩きやすい。ほとんど小走りで進める。たいして見るものもない。大急ぎで下って、やっと西中の集落に着いた。もう4時前だ。
 まじめに歩くならば、ここから十津川温泉まで8kmの国道歩きだが、それでは夜になってしまう。途中でテントを張ってもよいが、やっぱり温泉に入りたい。バス停に案内板を出している温泉民宿に電話して迎えに来て貰う。もう若くはないのだから、これぐらいのズルは大目に見て貰おう。

   
 三浦集落の民家(拡大写真) 石畳の道 (拡大写真)
   
 吉村家の防風林(拡大写真)  
   
ガスの掛かる秋景 峠の祭祀跡 
   
三浦峠   五輪の塔

 11/08 少し宿を出るのが遅くなり、6時半出発。幸い今日は晴だ。小辺路登り口までは1kmほど。立派な石畳の道が続いている。

   
宿を振り返る(拡大写真) 路傍の不動さん 
   
古道登り口  石畳道 
   
二津野ダム   石畳が続く

 果無集落入り口の柵が見えてきた。入って行くと尾根の上に拡がる正に天空の村である。今は点々とある茶の木がいっぱいに花をつけている。住民の方と少し話をして写真を撮って貰う。春の桜の時期が絶景だとのこと。

   
 集落入り口  茶の花
   
 (拡大写真) 尾根の上の田圃 
   
  点々とある茶の木 
   
集落上部からの眺め (拡大写真) 果無の古道にある西国三十三観音 (拡大写真)

 集落を過ぎて古道はどんどん高度を上げてゆく。今日は日曜日とあって、幾組かのハイカーが追い抜いてゆく。天水田跡。大きい広場だが昔は谷水を引かずに雨水だけで水田を営んでいたとのこと。どんどん高度を上げてゆく。観音堂に到着。30年ほど前、十津川温泉からこの道を上り果無山脈を縦走したとき、ここでテントを張ったことを思い出す。冷たい水でのどを潤す。
 さらに落ち葉を踏みしめて上ってゆく。もうこの辺りは晩秋の風情だ。果無峠に到着。1100m。登り口が150mだから950m程の高度差があり、今回の三つの峠の内では最もきつい。腰を下ろして暫く秋のなごりを味わう。

   
(拡大写真)  天水田 (拡大写真)
   
 観音堂 堂内の三体の石仏 
   
 落ち葉を踏んでゆく(拡大写真)  
   
  果無峠 

 さて、あとは熊野まで最後の下りだが、片眼で、下りの苦手な小生にとってはちょっとした苦行だ。ストックを頼りにトボトボと下ってゆく。たいして見所もなく、アア長い下りだなと、愚痴がでてくる。しかし、何時かは終わりがあるものでとうとう八木尾に下ってきた。十津川もこの辺りではもう熊野川と呼ぶのかな?

   
  点点と咲くリンドウ 
   
  七色集落を見下ろす (拡大写真)
   
 八木尾に着いた あと少しで本宮だ

 最後のゴール、本宮大社へ向かって歩く。三軒茶屋跡で中辺路と合流する。さすがに人通りが多い。最後の王子祓殿王子で手持ちの硬貨を全部賽銭にして禊ぎの代わりにする。本宮到着。
 熊野古道で通しで歩けるのは、大雲取、小雲取越えがあるが誰かが杉林の中ばかり歩くので気が滅入ると云っていたので止めておこう。
 最後に打ち上げに川湯の仙人風呂に入ろうと思ったが、現在は12月にならないと作らないとのことで、民宿で一泊して温泉で旅の垢を流した。

   
三軒茶屋跡 中辺路に合流  中辺路を本宮へ 
   
祓殿王子  本宮 八咫烏の幟 
   
 マスクをした狛犬 川湯温泉