山伏の旅日記 石川栄輔著「大江戸 泉光院旅日記」(講談社文庫) (Apr)
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山伏の旅日記 石川栄輔著「大江戸 泉光院旅日記」(講談社文庫)
 私は昔の旅行記を読むのが好きである。江戸時代であるならば、菅江真澄や橘南谿の紀行が有名である。また、幕末の志士、清河八郎が母を伴っての旅の日記「西遊草」も大変面白い。当時の資料を見ると江戸時代後期は大旅行ブームのようで庶民が日本中を旅して廻っている感じである。それは女性も例外ではないようである(近世おんな旅日記 柴桂子著)。
 さて、今回紹介するのは、日向国佐土原の泉光院という山伏が六年かけて日本全土を旅した日記である。ほとんど毎日日記をつけているので全文は膨大になるが、ここでは石川栄輔のダイジェストによって紹介する。
 泉光院は九州佐土原島津藩内に住む大先達という位の高い山伏であり、しかも武士として武術、儒学の教養も身につけており、俳句から漢詩に到るまでの幅広い趣味を持っていた人物である。
 彼が五十六歳の時、一人の供を連れて六年間の旅に出発する。旅の目的は一応修験本山醍醐三宝院の命を受けての視察であるが、各地を托鉢しながらの旅である。
 各地での庶民との交流の様子が実に興味深く、また江戸時代の庶民の生活が今まで学校で習ったものと違うことがはっきりわかる。各地の庶民の生活は決して悲惨なものではなく、実にゆったりと生活を楽しんでいる。泉光院らは毎日托鉢をし、夜は民家に泊めてながら旅をしている。六年間、一日たりとも野宿をしていない。泊まった農家では儒学の講義を求められ、話を聞きに集落の人々が集まってくる。皆知識欲が旺盛である。また、行く先々で俳句の遣り取りを楽しんでいる。街道筋の繁華なところよりも辺鄙な山里の方がお布施が多かったようである。
 健脚である。頑張れば一日60キロは歩いている。
 正月になると、誰かが年宿といって一ヶ月ほど無料で一室を提供してくれる。勿論、食料などはせっせと托鉢で集めるのだが。集落の行事に参加して楽しんでいる。
 北は秋田、宮城県まで行き、あと四国の香川、徳島、高知を除きすべての県を歩いている。その旅の途中で彼らの出発地、佐土原という小さな町にゆかりの人々十数人と出合っている。当時の日本はもうかなり高い流動性を持っていたのだ。
 それと興味深かったことの一つに、以前「伊賀のシエスタ(2014)」に書いた昼寝の習慣がある村であったと書いている。珍しいにしても伊賀だけではなかったようである。
 20年ほど前に買った文庫本であるが、時々は本棚から引っ張り出して読み返している。

武漢発新型コロナ肺炎 2
  やっぱり「蜀の桟道」ツアーは中止になった。それで一応、同時期に出発するパキスタン「花の桃源郷・フンザの旅」というのに乗り換えた。
 パキスタンは数日前までは不思議なことに新型コロナ肺炎発生はなかったようだが、やはり2月末イランへ旅行に行っていた人が感染した。あと一ヶ月後なので、これもどうなることやら。飛行機はバンコック経由だろうから、日本、タイ、パキスタンのどこかで不都合があると中止になる。行ったのはよいが、どこかで2週間閉じ込められる可能性だってある。こわや、こわやである。
 さて、肝心のコロナ肺炎であるが一向に収まる気配が見えない。中国での流行は一応低下傾向にあるようだが、あの国の発表は当てにならないようで何処まで信用して好いのやら。しかし、今回の流行に対しては中国に責任があるから面子にかけて押さえ込むだろう。
 問題は他の国である。韓国はひどいことになっているようだし、イタリア、イランも増えているし、感染者は多かれ少なかれ世界中で発生しているようだ。ここまで来るともう防ぎ様はないだろう。頭を下げてジッと通り過ぎるのを待つしかない。ワクチンとか、治療薬はないが、インフルエンザの流行と同じ程度であるからそれほど恐れることはないのでは。昔、小松左京の書いた「復活の日」という小説があったが、あれでは感染者はみんな死んでしまった。そんな強い病原性はないようだ。
 さて、問題は何時流行が収束するかだ。インフルの場合は春になるといつの間にか終わってしまうが、今回のコロナの場合はわからない。ウジウジと何時までも尾を引いて、大半の人が感染して免疫が出来るまで消滅しないなんて可能性もある。
 まあ、サッと消えて、春にはもとのように元気に活動出来ることを祈ろう。 

武漢発新型コロナ肺炎 
 新型コロナ肺炎が流行して、結構鬱陶しいことになりつつある。日本へチャーター便で帰国した数百人の中に十名ほどの感染者がいたと言うことはちょっとビックリするほど高い比率だ。武漢市民一千万人では無症状の人を含むと百万近い感染者がいる可能性がある。しかしそれで死者が数百名と言うことは死亡率でいうと意外と低いのではないだろうか。このままでは、中国では感染者が一千万人以上になって死者も数千人になるのだろうが、それ以外の衛生状態の良い国では大したことはないような気がする。
 肺炎が発症した時の病状の程度、経過などの情報を知らないので確実なことはいえないが、インフルエンザの流行と大差は無いのではないだろうか。日本での発症者はほとんど健常人であるためだろうが、あまり重症者はいないのでは? もっともインフルエンザでは特効薬があるが、コロナウイルスには薬がないのが気にかかるが。
 実は、小生3月下旬にツアーで中国へ出かける予定だ。蜀の桟道を歩くのだ。パスポートも更新して、長距離歩くトレーニングも始めたところだった。ところが新聞によると、外務省は中国について感染症危険情報をレベル2に引き上げた。つまり不要不急の旅行はするなというレベルだ。アメリカ大手航空会社も中国行きの便を少なくとも3月一杯は運行中止するというきびしい決定をしたらしい。これでは外務省が短期間にレベルを引き下げる可能性は少ない。
 こんな状況ではツアー会社は中止せざるを得ないだろうな。それと、世界的な流行になると何処へも行けなくなるぞ。

2019年回顧
 昨年は異常気象というか台風、豪雨などが次々と日本を襲ってきた。これはどうも理屈ではないが直感的に確実に地球温暖化が進行しているとしか思えない。世界政治もトランプが引っかき回しているし、イスラム世界の混乱もひどい。日韓問題も手の施しようがなさそうだ。国内政治も安倍政権が長すぎてガタが来たというか、政治に緊張感が失われている。政治にしても、一般社会にしてもモラルが失われているように見える。とまあ、これは年寄りの愚痴で言ったところでどうしようもない。
 さて、個人的には大過なく過ごしたと言うべきだろうか。仕事の方は段々少なくなって、いまは小遣い稼ぎ程度のことしかしてはいない。それも今年の春までだ。
 アウトドアは一昨年秋に車をプリウスからシエンタに買い換えた。シエンタは後部座席を倒すと2人用のテントぐらいの空間が出来、ゆっくりと寝ることが出来る。これで春には山仲間と2泊3日で岐阜県の舟伏山、簗谷山に出かけた。5月には中国地方へ4泊5日でゆき、三段峡、恐羅漢山、三瓶山、吾妻山に登った。夏には中国からの留学生と白山、白川村、郡上八幡などを廻った。しかしどれも山歩きとしては日帰り登山程度のもので山中泊をする縦走登山などは出来なかった。
 サイクリングは春に西四国を3泊で回ったが、南予の海岸が美しかった。今年の掉尾を飾るものには2週間かけての台湾環島サイクリングがある。もう無理だと思っていたのだが、娘のお陰で何とかやり遂げることが出来た。
 海外旅行は台湾の他に9月にカナディアンロッキーハイキングのツアーに参加した。ロッキー山中のアッシニボインロッジに4泊して、辺りを歩き回るのだが散歩に毛の生えた程度の歩きだったが景色は素晴らしかった。
 さて、アウトドア以外の趣味であるが、まず漢詩。作詩の意欲は年々衰えているが、魁猿との合作の詩集の第二集を秋に発行した。まあこれが最後の詩集になるだろう。内容に比較して立派すぎる装丁だ。
 書道は昨年一杯で嵯峨天皇の「李嶠詩」を終え、今年は草書に戻って「書譜」 に挑戦する。 阪大文学部での聴講生としての勉強はもう何年になるだろうか、昨年春からは「懐徳堂」に関する書籍を読むのと、相変わらず蘇軾・陸游の詩のセミナーを拝聴している。
 さて、この七月で77歳となり、活動も段々衰えてくるので、今年の課題は「断捨離」を行って、人生の終わり向けて身辺の整理に入りたいと考えている。